エクセル地獄から抜け出した日

会社経営・業務効率化

―― 原価管理を自動化するまでの話

昔の原価管理は、エクセルへの手入力、紙、電卓、そしてコクヨのファイルに綴じ込む、という三点セットだった。工事ごとに一冊のファイルを作り、見積、請求書、工程表をそれぞれ別のシートに手で打ち込んでいく。数字は自分の目で拾い、自分の指で電卓を叩いて確かめる。今思えば、原価管理というより「写経」に近かった。

一番「地獄だ」と感じたのは、提出直前に計算のズレに気づく瞬間だった。桁がひとつ違う、足し算が合わない――そういうミスはたいてい、こちらが一番忙しく、一番余裕のないタイミングで見つかる。見つかった瞬間、背筋がすっと伸びる。誰のせいでもない、自分の手のミスだからだ。電卓を叩き直し、シートを一枚ずつ確認し、また打ち込み直す。あの、時間だけが削られていく感覚は、今でも体が覚えている。一つのミスを直すために、それまでの作業時間がまるごと無駄になる。あの徒労感こそが「地獄」の正体だった。

転機は、特別な事件があったわけではない。エクセルの関数を覚え始めたことだった。SUMやIFといった、今思えば基本中の基本の関数を使えるようになって、「あれ、これって手で足さなくてもいいんじゃないか」と気づいてしまった。気づいてしまったのが、運の尽きというか、始まりだった。そこから、本を読むわけでも、詳しい人に教わるわけでもなく、独学でVBAに手を出した。

独学というのは聞こえはいいが、実際はひたすら試して、壊して、直す、の繰り返しだった。ネットの断片的な情報をつなぎ合わせ、動くコードと動かないコードの違いを、体で覚えていく。深夜、画面とにらめっこしながら「なぜ動かないんだ」と唸っていた時間は、数えきれない。うまく動いたときの、数字がずらっと並ぶ瞬間は、地味に嬉しい。だが、その裏には、それを上回る「動かない」時間があった。

一番苦労したのは、作っている途中でトレーサビリティが完全に迷子になったことだ。どのシートのどの数字が、どこから来ているのか。自分で組んだはずのマクロなのに、自分でも追えなくなる瞬間がある。画面の前で「あれ、この数字どこから出てきたんだっけ」と一人つぶやく夜は、一度や二度ではなかった。誰かに聞けるわけでもなく、自分で作った迷路を、自分でもう一度たどり直す作業だ。正直、途中で投げ出したくなったことも一度ではない。それでも、辞めてまた元の手計算に戻るのだけは絶対に嫌だ、という一心で、少しずつ組み直していった。

それでも試行錯誤を積み重ねて、今の仕組みができた。「工事フォルダの新規作成」ボタンを押すと、工事件名ごとに、まったく同じ構成のフォルダとファイルが自動で出来上がる。どの工事も同じ骨格だから、あとから探すときに迷わない。フォルダの中に入っている見積作成用のエクセルは自動計算され、その結果は集計表とリンクしている。工事件名そのものが、見積・請求書・工程表のすべてに連動しているので、名前の打ち間違いによる入力ミスは、そもそも起きようがない仕組みになっている。あの提出直前の「桁がひとつ違う」という恐怖は、今はほとんど過去のものになった。

導入前と後で、作業時間の感覚は大きく変わった。厳密に計測したわけではないが、体感として、1週間分の作業時間は確実に短くなっていると思う。1週間というのは決して小さい数字ではない。その分だけ、現場や見積の中身そのものに頭と時間を使えるようになった、ということだ。

今も完全に手間がゼロになったわけではない。マクロが突然バグって、一瞬「うわ」と焦る場面は今でもある。ただ、以前ならそこから自分で原因を探して何時間もかかっていたのが、今はAIに聞けば、ある程度自動で分析して直してくれる。焦る時間そのものが、以前とは比べものにならないくらい短くなった。困ることは、ほとんどないと言っていい。

自動化とAIの活用が揃った今、原価管理を含めた一連の作業は、ほぼ自分ひとりで完結するようになった。入出金もオンラインでできる。現場の状況も、職人さんや担当者からスマホのカメラで送ってもらえば済む。事務所の机に張り付いていなくても、ノートパソコン一台あれば、どこにいても仕事ができる時代になった。

昔、コクヨのファイルに数字を綴じ込んでいた頃の自分に、今の状況を説明したら、たぶん信じないだろう。あの頃は、電卓と手作業から抜け出す方法があるとすら思っていなかった。今は逆に、自動化された仕組みとAIが手元にあることが「当たり前」になっている。道具は、ここまで変わった。

中小の建設業をやっていると、「原価管理は面倒だが仕方がない」と諦めている経営者や施工管理者は、今もたくさんいると思う。実際、自分もそのひとりだった。だが、あの地獄のような手計算の時間は、今の技術があれば確実に減らせる。特別な才能があったわけではない。エクセルの関数を覚えることから始めて、独学でVBAに手を出し、迷子になりながらも組み直し、今はAIに頼るところまで来た。その積み重ねの実感として、それだけは伝えておきたい。

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